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神戸地方裁判所 昭和37年(行)13号 判決 1964年3月26日

原告 上田理

被告 兵庫県教育長

主文

被告が原告に対して昭和三七年五月三〇日になした専従休暇不承認処分はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、請求の原因として、

一、原告は、兵庫県立三木高等学校教諭の職にあり、兵庫県人事委員会に登録された職員団体である兵庫県立高等学校教職員組合(以下県高教組という)の中央執行委員である。

二、原告は、訴外黒川鹿雄、橋本三郎とともに、昭和三七年三月中旬頃、県高教組の全員投票で執行委員に選任されたので、同年四月一日から昭和三八年三月末日まで右組合専従業務に従事すべく昭和三七年三月二三日任命権者である被告に対し、「組合の業務に専ら従事するための休暇」(以下専従休暇という)を申請したところ、被告は、同年五月三〇日附で、右黒川及び橋本に対してのみ専従承認処分をなし、原告については不承認としたのである。

三、しかしながら、地方公務員法第三五条は、「職員は法律又は条例に特別の定めがある場合を除く外、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。」と規定し、これをうけて職務に専念する義務の特例に関する条例(昭和二六年三月二七日兵庫県条例)が、職員団体の業務に従事する場合には、予め任命権者又はその委任を受けた者の承認を得てその職務に専念する義務を免除される旨を定めているにもかかわらず、被告は、何ら正当の理由なくして原告の前記申請を不承認としたのであるから、右不承認処分は違法であり、取消さるべきである。

と述べ、被告の主張に対し、

一、専従不承認処分は、訴願法第一条の列挙する事件に該当せず、専従休暇に関する条例にも訴願を認める規定はないから、訴願前置は認められていないのである。仮に、訴願の方法があるとしても行政事件訴訟法の施行された現在、附則第三条によつて同法第八条第一項本文が適用されるから、訴願前置を云々する意味がない。

二、専従休暇の承認、不承認は自由裁量行為ではない。即ち、職員団体の構成員によりその代表者又は役員として選出された職員が職員団体の業務に専従しうるのは、地方公務員法第三五条及び職員団体の業務にもつぱら従事する職員に関する条例によつて、職員団体の団結権を現実に保障するために認められた制度であり、職員の専従休暇の申出は、職員団体の代表者又は役員として活動するための団結権に基礎をもつ労働関係上の具体的権利である。従つて、被告は右申出があつた場合には公務に特に支障をきたさない限り、専従を承認すべく覊束されているのである。

三、原告は、休職処分に付せられても専従承認を求める利益がある。原告が被告主張の日に起訴休職処分に付されたことは認めるが、職員団体の業務に専従し得る権利は、職員団体の団結権を現実に保障するために認められたもので、職員が現に職務に従事しているか否か又は職務に従事する権利を有するか否かとは無関係であるから、休職等の処分によつて現に職務に従事していない職員も職員団体の業務に専従する権利を有するのである。他面においてかかる職員の場合においても、職員としての身分を保有し、公法上の勤務関係にたつ以上、本来の職務以外の職員団体の業務に専従するためには、専従条例に基く専従承認を得なければならないことはいうまでもない。なお、専従承認を得ても、休職処分の結果、その期間中は専従条例にいう休暇即ち公務に従事したものとしての取扱いがなされないにしても、このことはかゝる職員の専従活動を否認する理由にならない。

四、被告のその余の主張は争う。

と述べた。

被告訴訟代理人は、「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、

一、原告主張の専従休暇不承認処分は、地方公務員法第四九条にいう「不利益処分」であつて、これに対し審査請求をなしうるところ、原告はこれを経ていないから、本訴は不適法である。

二、原告主張の日に兵庫県教育長に対してなされた専従休暇承認願に対しては、未だ、何ら承認不承認の決定がなされていないから、原告の主張するような行政処分は存在しない。従つて、本訴はこの点からも不適法である。

と述べ、本案につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁として、

一、原告が三木高校教諭で県高教組の中央執行委員であること、原告がその主張の日に被告に対し専従休暇承認願をなしたことは認める。

二、前記のとおり、被告は、右申請に対し何ら承認又は不承認の処分をしていないのであるが、仮に、不承認処分があつたとしても右処分は、被告の自由裁量に属する行為であるから、違法の問題は生じないのである。そもそも在籍専従制度は、労働運動助成のためにとられた政策的制度であつて、憲法上又は労働法上の権利ではないから、公務員の全体の奉仕者たる地位からして制限を受ける場合のあることは当然であり、任命権者はその立場において自由にその承認、不承認を決しうるもので、承認申請に覊束されるものではない。

三、原告は、昭和三七年六月一日附で地方公務員法第二八条第二項第二号により休職処分に付せられたから、専従休暇承認をうける資格ないし利益がない。

およそ、地方公務員は、地方公務員法第三五条により、職務専念義務を負うのであるが、休職処分をうけた地方公務員は、「職員の分限並に分限に関する手続及び効果に関する兵庫県条例」第五条からも明らかな如く、右の職務専念義務から除外されている。ところで、職務専念義務を負う者は、兵庫県においては、「職務に専念する義務の特例に関する条例」(昭和二六年三月二七日兵庫県条例第九号)又は職員団体の業務に専ら従事する職員に関する条例(昭和二六年三月二七日兵庫県条例第一〇号)により、予め任命権者又はその委任をうけた者の承認を得て、その職務専念義務を免除されうるのであるが、休職中の公務員の場合は、前記のとおり、既に職務専念義務から除外されているのであるから、右の承認をうける資格も利益もないといわねばならない。本件において、原告が休職処分に付せられる以前に専従休暇承認願を提出していたにせよ、これに対する承認不承認の決定がなされていない以上、休職処分後においては、承認を求める資格も利益も存在しなくなつたのであり、又、仮に、休職処分以前に専従不承認処分があつたとしても、休職処分後は、もはや右不承認処分の当否を争う利益が失われたものというべきである。

なお、休職公務員は、休職中は勝手に公務以外の業務に従事することができるものではなく、地方公務員法第三八条に従い、任命権者の許可をうけねばならないことは当然である。

四、原告の専従休暇申請における一年の専従期間は既に経過しているから、仮に、右申請に対し不承認処分がなされているとしても、もはや、これを争う利益はない。

と述べた。

(証拠省略)

理由

第一、本案前の主張について

一、専従休暇不承認処分は、地方公務員法第四九条にいう不利益処分に該当せず、他に、右処分につき、行政事件訴訟特例法にいう訴願をなしうることを定めた法条は存しないから、訴願前置を前提とする被告の主張は採りえない。(大阪高等、昭和三六年七月一〇日判決、行政事件裁判例集一二巻一五四五頁参照)

二、本件において、原告主張の如き専従休暇不承認処分が存在することは、後記認定のとおりであるから、この点に関する被告の主張も又採りえない。

第二、本案の判断

一、原告が三木高等学校の教諭で、現に県高教組の執行委員であること及び原告が昭和三七年三月二三日被告に対し、同年四月一日から昭和三八年三月三一日までの期間の専従休暇承認申請をなしたことは当事者間に争がない。

二、本件申請に対する被告の不承認処分の有無について

証人黒川鹿雄及び原告本人の各尋問の結果並に成立に争のない甲第二号証の三ないし五、同第三、四号証によると、原告は、昭和三七年三月二三日同じく県高教組の役員に選出された黒川鹿雄及び橋本三郎と共に、被告に対し、本件申請をなしたところ、右黒川、橋本に対しては、同年五月三〇日付の文書で専従休暇承認処分がなされ、その旨通知されたのに、原告に対しては、今日に至るまで、明示的には承認不承認いずれの通知もなされていないこと、同年六月初め頃原告と黒川が被告教職員課長三浦欣一に対し、原告のみ承認しない理由を質したところ、同人が「原告は休職処分に付されたから、専従休暇承認は出さない。」旨回答したこと、又、証人三浦欣一の証言によると、昭和三七年四月中頃被告は、原告について刑事事件が目下係属中であることを知り、同年六月一日付で同人を休職処分に付したことをそれぞれ認めることができ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。右事実から考えると、被告としては、原告に休職事由の存することが判明したので、原告に対しては専従承認をしない方針をとることにしたものと認められ、被告の右方針(意思)は、昭和三七年五月三〇日前記のとおり、黒川、橋本に対してのみ承認処分をなしたことによつて、客観的に明確になつたと解されるから、同日被告は、原告に対して、黙示的に専従休暇不承認処分をなしたものと認めるのが相当である。証人三浦欣一、同山本教憲は、被告の方では、原告の本件申請につき、現在に至るも未だ審議中ということになつており、承認不承認の決定を保留している旨供述するが、仮に、被告の本件申請についての取扱いが右のとおりであるとしても、これをもつて前記認定を動かすに足りないことは勿論である。

三、そこで、右専従休暇不承認処分の適法性についてであるが、被告は、専従休暇の承認不承認は被告の自由裁量に属するから、違法の問題は起らないと主張するので、先ず、この点について判断する。

地方公務員法は、地方公務員について、職員団体を結成し、地方公共団体の当局と勤務条件に関し団体交渉をすることを認めているが、(同法第五二条ないし第五六条、なお、教職員については教育公務員特例法第二五条の六)、これは、憲法第二八条の保障する勤労者の団結権を地方公務員の全体の奉仕者たる地位の特殊性に応じて具体化したものにほかならない。そして、地方公務員法第五二条第五項は、右の団結権を現実に保障するためのものとして、かかる職員団体の組織運営上の必要に鑑み、いわゆる専従職員の制度を認めているのであつて、兵庫県では、これに基き、「職員団体の業務に専ら従事する職員に関する条例」(以下専従条例という)が制定されている。従つて、職員団体の役員として選出された職員が職員団体の業務に専従しうることは、被告の主張するような単なる労働運動助成のための政策的制度であるにとどまらず、職員団体の団結権を現実に保障するためのものとして、地方公務員法及び右専従条例によりその職員に認められた労働関係上の権利ということができる。もつとも、右専従条例によれば、公務に支障がある場合には、専従を承認されないことがありうるが、右権利がこの程度の制限をうけることは、地方公務員の地位の特殊性(全体の奉仕者)に照らし、当然といわねばならない。右条例は、公務に支障がない場合でも専従休暇を与えるか否かの裁量が任命権者に残されているかの如き規定の仕方をしているが、前記のとおり、職員団体に専従しうる地位は、労働関係上の権利であり、しかも、それが憲法上の団結権の保障に由来するものである以上、行政当局の自由裁量によつてこれを剥奪しうると解するのは妥当でないから、任命権者は、「公務上の支障のないこと」その他の法定要件を具える限り、専従を承認すべく覊束されているものと解するのが相当である。(前掲判決、例集一五四一頁参照)

四、そこで、本件専従不承認処分が、原告の休職処分を理由としてなされたことの適否につき、判断をすゝめる。

(一)  原告が昭和三七年六月一日付で起訴休職処分に付されたことは当事者間に争がないが、職員が職員団体の業務に専従しうる前記の労働関係上の権利は、職員が現に職務に従事しうる地位にあるか否かには関係がないから、休職中であることを理由に原告に専従資格がないということはできない。

(二)  地方公務員たる職員は、地方公務員法第三五条により、原則として職務専念義務を負うのであるが、例外的にこの義務を負わない場合がある。職員団体の業務に専従する場合はこれにあたり、任命権者の専従承認により、右職務専念義務が免除されることになつている(職務に専念する義務の特例に関する兵庫県条例)。

ところで、専従職員は、地方公共団体から給与をうけることができないとされているので(地方公務員法第五二条第五項)、その専従する職員団体から給与と同額の手当をうける仕組になつていることは、原告本人の供述並に弁論の全趣旨によつて明らかである。これは、地方公務員法第三八条に規定する「報酬を得て他の事業もしくは事務に従事すること」にあたり、任命権者の許可を要する場合である。右地方公務員法第三八条の制限と同法第三五条の職務専念義務の規定は、相関連する面もあるが、本来、別個の趣旨に基くものであるから、職務専念義務免除の承認を得ても、右第三八条の制限にふれる場合には、更に所定の許可を得なければならないと解される。そうすると、兵庫県において、専従職員は、専従(休暇)承認をうけるのみであつて、地方公務員法第三八条の許可をこれと別個にうける仕組になつているのではないことは弁論の全趣旨から明らかであり、又、実際問題として、専従職員になると必ず職員団体から手当をうけることになつていること前記のとおりであるから、結局、専従(休暇)承認は、職員に対し、職務専念義務を免除し、かつ、「報酬をえて職員団体の事務に従事すること」を許可する旨の複合的な処分であると解すべきことになる。

而して、休職中の職員は、職務専念義務から除外されているから、かかる職員には、専従承認をうける利益がないという被告の主張は、職務専念義務の免除の点に関する限り正当であるけれども、他方、休職中の職員といえども、職員としての身分を有し、公法上の勤務関係にたつている以上、地方公務員法第三八条の適用をうけると解すべきであるから、職員団体に専従する場合には、なお、同条所定の許可の趣旨での専従承認をえなければならないのである。そうすると、本件において、原告は、休職処分に付された後も、右の意味での専従承認を得る利益を有するものであつて、原告の従前の専従承認申請はその限りにおいて意味を失わず被告としては、法定要件を具備する以上、原告の専従を承認すべきであつたのである。なお、前記専従条例は、専従期間を休暇として取扱つているが(この休暇は、右条例が専従承認に付与した効果とみるべきであつて、専従承認の本質的な内容をなすものではない。)、休職中の職員の場合には、休職処分の効果が優先するから、これに対し、専従期間を休暇として取扱うことができないのは明らかであり、従つて、被告が原告に対し、「専従休暇」を不承認とした本件処分は、休暇の扱いを拒否した部分に限り正当といいうる。

以上のとおりであるから、本件専従休暇不承認処分は、地方公務員法第三八条の許可の趣旨での専従承認をも拒否した点において違法があるというべきである。

なお、原告には休職処分後は本件専従休暇不承認処分を争う利益がないという被告の主張も、右の判断に照らし失当であることは明らかである。(なお、前掲判決、例集一五四六頁参照)

五、最後に、既に、専従期間が経過しているから、原告には本件専従不承認処分を争う利益がないとの主張につき考える。

証人三浦欣一及び原告本人の各供述及び本件記録によると、原告は、本件専従不承認処分に対しては昭和三七年八月二日本訴を提起し、又、休職処分に対しては、兵庫県人事委員会にその取消措置を要求してこれを争う一方、前記申出にかかる専従期間にわたつて県高教組の業務に専従し、同組合から給料同額の手当をうけたことが認められる。そして、休職中の職員といえども、地方公務員法第三八条の適用があることは前記のとおりであるから、専従期間経過後といえども、本件不承認処分が取消され、右専従を承認されない限り、原告が右法条違反の責任を問われる可能性が現在もなお存在することは否定できない。従つて、被告の右主張も理由がない。(前掲判決、例集一五四三頁参照)

六、以上のとおり、被告の主張する本件専従休暇不承認処分をなした根拠は一部失当であつて右処分はその限りにおいて違法といわざるをえない。そして、原告の本訴請求は、本件専従休暇不承認処分を全面的に違法というのではなく、右の意味における違法を主張するものと解されるから、これを正当として認容すべく、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 森本正 菊地博 坂元和夫)

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